なぐすなぢゃ!守れ!大間函館航路

「妖怪ゴザナメリ」 

普段は人間の姿をしているので、見分けることはむずかしい。
本州最北端の町に古くから棲息している妖怪で、
その名を「ゴザナメリ」(正しい発音はゴンヂャナメリ)という。
彼らがその正体を現すのは、冠婚葬祭がらみの宴の席。
盛り上がる宴であればあるほど
集まってきやすいという習性があるようだ。

ゴザナメリが宴の席に行くと、とにかくよく酒を飲む。
飲むほどに陽気で饒舌。ほーれ歌だ!踊りだ!と
宴たけなわになるにつれ、ゴザナメリのボルテージも絶好調だ。
ここから先が、ゴザナメリのゴザナメリたる由縁である。
人間たちが少しずつクールダウンにかかり、
わさわさと帰り支度なんぞを始めている中
ゴザナメリのボルテージの上昇は止まらない。
自分の席の周りの人間たちが帰ってしまうと、
コップ片手に宴がまだ残っている他のゴザナメリの輪に
すばやく移動し、盛り上がりに火を注ぐ。
輪の周りでは、わらわら出動してきたまかないのおっかさんたちが、
帰った人間たちのお膳やら何やらを片づけ始める。
おっかさんたちが「早ぐ帰れじゃ!このゴンジャナメリめ!」
という鋭い目の光線を浴びせかけても、そんなことはお構いなしに、
高笑いが天井を突き抜ける。
かくして会場の中はきれいに片づき、
コップ持って車座になってしまったゴザナメリ衆の宴だけが、
ハイテンションのまま続くのだ。

これでお分かりだろうか、妖怪ゴザナメリの正体を!
名前の由来はおそらく「ゴザ(御座か?)」を「舐める」。
自分の座っているところを舐めるほどに、
席を立とうとしない。
つまり、ねっとりと居座って飲み続けるところから
来ているのだと考えられる。

実は、私の死んだオヤジもゴザナメリだった。
なかなか家に帰ってこないゴザナメリの父親を
迎えに行くのが、私の役目だった。
子供の目に映ったゴザナメリは、まさしく妖怪。
声はでかいし酒くさいし異様なハイテンション。
ゴザナメリとは結婚するもんか!と固く心に誓ったものだ。
しかし、なんという皮肉だろう。
幸い夫は人間だったが、30も半ばにして
自分の中に妖怪ゴザナメリのDNAが潜んでいたことに気づくとは!
自分がゴザナメリになって初めて、
その気持ちがよくわかる。たまらなくハッピーなのだ。
気心の知れた者どうしが集まり、酒を酌み交わす。
盛り上がるほどに時計の回りが加速する。
ああ、時よ止まってくれ~なのだ。
しかし世の流れは、ゴザナメリを生きにくくさせている。

オヤジの時代。
例えば結婚式は、町のお稲荷さんが普通だったし、
嫁取りは家の襖をとっぱらって行なわれた。
私の両親が公民館で披露宴をやったカップル第1号
となっているらしい。
まかないはもちろん、ご近所のおっかさんたち。
みんながお膳を前にどっかと座り、ゴザを舐めるように
伸び伸びと宴を楽しんでいたに違いないのだ。
同じ地域に生きる者どうしが、酒を酌み交わし心を酌み交わし、
絆を深める。喜び、悲しみをともに噛み締める。
冠婚葬祭は、そんな場であったはずだ。

時は移り、「付き合い」という名の形式だけが残って、
心がなくなった。
商業化してしまった冠婚葬祭の場では、
時間を区切られ流れに乗せられ、
妖怪ゴザナメリも正体を現すことはできなくなった。
絶滅の危機に瀕しているのだ。

この町では今、ゴザナメリのDNAをもつ若い世代が、
小さくても心のこもった結婚式を復活させようとしている。
昔ながらのお稲荷さんで。
北海道を臨む山の上で。
友人が営むレストランで。
知恵をしぼり、力を合わせればきっと実現できると思う。

さて、あなたのまちの「ゴザナメリ」は、今もご健在ですか?

*「えんじゅ」14号に掲載 http://www.enju.co.jp